最終更新日 2025年7月7日
子供の無病息災を祈願する縁起物といえば、男の子は5月の兜飾り、女の子は3月の雛人形という日本の伝統文化がありますが、お正月によく登場する「羽子板」は日本の歴史において、女の子の無病息災を願う縁起物という側面があった時期がありました。
それも長い歴史の中で意味合いが変化してきたのですが、もともとの由来は、平安時代の宮中での「毬杖(ぎっちょ)」という遊びであるといわれています。
「毬杖」は、木製の棒の先に槌がついた杖で、木製の毬を叩いて相手陣地に打ち込む遊びで、後に木製の杖や毬の形状が変化していきます。
羽根や紐を分銅につけて蹴る遊びが中国から伝来し、それが影響して毬に羽根がつくように変化しました。
毬の形の由来は、蕾を包む4枚の葉がついている落葉樹「つくばね」の実を模したものであるといわれており、もともとは「つくばね」の実を手で弾く遊びがあったそうです。
最終的には「むくろじゅ」の種が使われるようになりましたが、「むくろじゅ」は無患子(むくろじ)という病気のない子を表す言葉に似ている上、杖でつくと「カーン」という澄んだ音が辺りに響き渡ることでも楽しく夢中になれる効果があったとのことです。
また、羽根を付けた毬がトンボに似ていたことから、胡鬼子(こきのこ)とも呼ばれ、杖も「胡鬼板」と呼ばれていた時期があったそうです。
「胡鬼」とは古来中国では「トンボ」のことであり、当時日本でもトンボは病を媒介する蚊を食べてくれる昆虫として、縁起が良いものとされていたので羽根つき遊びも縁起の良いものとして扱われてきました。
「羽根つき」に関連した言葉が、日本の文献に初めて登場するのは室町時代のことです。
伏見宮貞成親王が書いた日記「看聞日記」の中に「正月五日に宮中で、胡鬼の子勝負した」という記載があり、これが最初に登場する文献であるといわれています。
この12年後に書かれた「下学集」という文献にも「正月に羽子板を用いた」という記載が残っているそうで、やはり「お正月」の遊びとして捉えられていたそうです。
毬杖が羽子板に、毬が羽根に変わったのも室町時代になってからのことで、今の羽根つきのような形になったとされています。
これが戦国時代になるとまた様相が変わり、遊びのツールというよりも祭祀に用いるツールとしての要素が強くなったといわれています。
そのため、この頃から羽子板にはさまざまな装飾が施されるようになり、神事であるお祓いや縁起物といった色彩を帯びるようになっていったのです。
このころには、お正月に厄払いの魔除けとして女性に贈るという風習もあったようです。
江戸時代になると、武家の間で「羽子板」は女児の誕生に伴い健康を祝う贈答品といった扱いがなされるようになり、やがてその風習が庶民にも伝わっていきました。
この風習はやがて年の瀬のお歳暮として贈るということまで広がっていきました。
江戸時代も元禄期以降になると、作り手や庶民の間に遊び心が出てきて板をもっと豪華に装飾して楽しむようになり、「押絵」というものが流行し始めました。
押絵とは、経糸と緯糸を交互に交差させて織られた羽二重とよばれる織物を厚紙に被せ、その中に綿を詰めて膨らませる技術のことで、板に貼り付けられた歌舞伎役者や有名人の描画が立体的にみえるようになります。
羽根を打って遊ぶにはちょっと難しいというか不釣り合いな感じに変化して行きました。
あまりにその飾りや取引が過熱して、幕府から取り締まりのご法度が出るほどの人気だったといわれています。
羽根つきは、歴史的には女児の無病息災を願って行われた神事でしたが、時代とともに意味合いも変化し今では遊びの要素が強くなりました。
現在では競技用と装飾用に分けて造られ、装飾用は数万円もする高価なものが販売されています。
現在でもお正月定番の遊び道具としてだけではなく、女の子の初節句に「お雛さま人形」と合わせて贈呈することもあります。
日本国内の代表的産地としては、埼玉県春日部市やさいたま市が挙げられます。
特に春日部市は押絵タイプを特産としており、この地が質の良い桐の産地であることから、素材となる桐を求めて押絵師たちが多く移り住んだのが始まりだといわれています。
羽子板も昔は祭祀のための道具でしたが、押絵技術の登場以来、装飾品や年末の贈答品として扱われるようになってきました。
押絵の他にも、立体的なボディに筋彫りを施し着物の生地を貼り込んで衣装を着ているように仕立てる「木目込み技術」や押絵の代わりに金襴などの布地を貼り付けた厚紙をわん曲させたピースを組み立て図柄をつくり、プレス機で熱を加える「プレス技術」を使ったものもあり、その制作方法にはいろいろなものがあります。
「木目込み」は「押絵」よりも費用が抑えられるので価格も「押絵」より安価になります。
「プレス」は大量生産で造られているので、その価格はさらに安くなっています。